春の七草 [春夏秋冬]
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ・・・これ、なんだかわかりますか?
そう、春の七草(ななくさ)です。
1月7日の今日は、七草粥(ななくさがゆ)を食べて無病息災を願います。
みなさんは七草粥を食べましたか?
僕は、お昼に食堂で食べました。偶然、サービスで付いて来たんですよね(^_^;)
人日(じんじつ)の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜の入った羹(あつもの)を食べる風習。それが七草。本来は「七草」と書いた場合は秋の七草を指し、小正月(こしょうがつ)1月15日のものを七種と書いて「ななくさ」と読みます。でも今は、一般的に7日正月のものが七草と書かれます。
現代では本来の意味を考えなくなり、風習だけが形式として残ったことから、人日の風習と小正月の風習がミックスされ、1月7日に七草粥が食べられるようなりました。
そもそも、七草の風習は中国からやって来ています。中国では、1月7日のこの日、「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣があります。日本でも似たような風習は古くからあったのですが、こちらは餅粥(もちがゆ)という名で呼ばれていました。
餅粥は毎年1月15日に行われ、粥に入れていたのは米・粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻(ごま)・小豆(あずき)の七種の穀物で、これを食すれば邪気を払えると考えられていました。
この餅粥の由来については不明な点が多いのですが、『小野宮年中行事(おののみやねんじゅうぎょうじ)』という平安時代に書かれた書物には、弘仁式(こうにんしき)に主水司(もいとりのつかさ)という機関によって既に記載されていたと記され、宇多天皇(うだてんのう)は自らが寛平年間に民間の風習を取り入れて宮中に導入したと記しています(『宇多天皇宸記』寛平2年2月30日条)。そして、この風習は『土佐日記』・『枕草子』にも登場しています。
その後、春先(旧暦の正月は現在の2月初旬ころで春先でした)に採れる野菜を入れるようになりましたが、その種類は諸説あり、また、地方によっても異なっています。
現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう)』という四辻善成による『源氏物語』の注釈書の中に書かれた「芹、なづな、御行(ごぎょう)、はくべら、仏座(ほとけのざ)、すずな、すずしろ、これぞ七種」がはじめとされています。
江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行っていました。
こうして七草粥の歴史を紐解いてみると、なかなか趣がありますね(*^-^)b
春の七草は、それぞれの植物が持つ薬効成分やビタミン類などが身体にとても良く、日本人の知恵が生んだ薬膳料理といえます。健康のためにも末永く伝えていきたい風習の一つですね。
そう、春の七草(ななくさ)です。
1月7日の今日は、七草粥(ななくさがゆ)を食べて無病息災を願います。
みなさんは七草粥を食べましたか?
僕は、お昼に食堂で食べました。偶然、サービスで付いて来たんですよね(^_^;)
人日(じんじつ)の節句(1月7日)の朝に、7種の野菜の入った羹(あつもの)を食べる風習。それが七草。本来は「七草」と書いた場合は秋の七草を指し、小正月(こしょうがつ)1月15日のものを七種と書いて「ななくさ」と読みます。でも今は、一般的に7日正月のものが七草と書かれます。
現代では本来の意味を考えなくなり、風習だけが形式として残ったことから、人日の風習と小正月の風習がミックスされ、1月7日に七草粥が食べられるようなりました。
そもそも、七草の風習は中国からやって来ています。中国では、1月7日のこの日、「七種菜羹」(7種類の野菜を入れた羹(あつもの))を食べて無病を祈る習慣があります。日本でも似たような風習は古くからあったのですが、こちらは餅粥(もちがゆ)という名で呼ばれていました。
餅粥は毎年1月15日に行われ、粥に入れていたのは米・粟(あわ)・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻(ごま)・小豆(あずき)の七種の穀物で、これを食すれば邪気を払えると考えられていました。
この餅粥の由来については不明な点が多いのですが、『小野宮年中行事(おののみやねんじゅうぎょうじ)』という平安時代に書かれた書物には、弘仁式(こうにんしき)に主水司(もいとりのつかさ)という機関によって既に記載されていたと記され、宇多天皇(うだてんのう)は自らが寛平年間に民間の風習を取り入れて宮中に導入したと記しています(『宇多天皇宸記』寛平2年2月30日条)。そして、この風習は『土佐日記』・『枕草子』にも登場しています。
その後、春先(旧暦の正月は現在の2月初旬ころで春先でした)に採れる野菜を入れるようになりましたが、その種類は諸説あり、また、地方によっても異なっています。
現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう)』という四辻善成による『源氏物語』の注釈書の中に書かれた「芹、なづな、御行(ごぎょう)、はくべら、仏座(ほとけのざ)、すずな、すずしろ、これぞ七種」がはじめとされています。
江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として将軍以下全ての武士が七種粥を食べる儀礼を行っていました。
こうして七草粥の歴史を紐解いてみると、なかなか趣がありますね(*^-^)b
春の七草は、それぞれの植物が持つ薬効成分やビタミン類などが身体にとても良く、日本人の知恵が生んだ薬膳料理といえます。健康のためにも末永く伝えていきたい風習の一つですね。
七草粥~いただきましたよ~
いいですね。食堂のサービスですかっ!?
by fumilin (2009-01-08 11:32)
毎年おうちで作って食べてるのに今年は食べなかったぁぁぁ(>.<)
健康一番なのに。。ヤヴァイヤヴァイ~~^^;
年末年始疲れた胃に優しいお粥で好きなのにーー(笑)
スズシロが大根でしたっけ?
あのミニサイズのが可愛くって~(>v<*)
by がぁこ (2009-01-08 13:55)
一年おきくらいに七草粥は食べます。
食堂で食べれるのはいいですね!
おうちだと、好き嫌いがあるので中々毎年とはいかないんです。
私は、大好きなんですけどね!ヾ(*'▽'*)ノ
by Yuki (2009-01-08 18:43)